2024-07-10

伝統を復活させた令和の二刀流とは 〜前編〜

上諏訪芸妓 美代遥さん

 庭園の木々に恵みの雨が降り注ぎ、緑の鮮やかさが一段と増した6月吉日。この春、長野県の上諏訪芸妓(げいぎ)として御披露目された美代遥(みよはる)さんの着物ポートレート撮影をさせていただきました。撮影後、美代遥さんご自身から芸妓になるまでの道のりや上諏訪芸妓について、また将来の夢のことなど、貴重なお話を伺うことができましたのでご紹介させていただきます。



 撮影当日は夏本番前とはいえ、少し歩くと汗ばむような日和。美代遥さんは、銀の流水が涼やかな絽の訪問着、そしてススキの地模様に篠笛柄の袋帯でお越しになりました。赤い輪出しの帯揚げがポイントとなり、涼を感じさせつつも艷やかな装いです。この日は白粉(おしろい)をしない「そんなり姿」での撮影でした。

 隈取の根付と一緒に身につけられていたのは、地元の御柱祭というお祭りにて、美代遥さんのご実家が担当した柱で作ったお守り。諏訪を愛する気持ちが伝わってきます。また、着姿のポイントは、「若いうちは帯は高い位置に、という母の言いつけを守り、枕を2つ重ねています。」とのこと。

 上諏訪温泉の側に位置する花柳界で、戦前は200人以上の芸妓が所属し、料亭などの揚屋さん(京都でいうお茶屋さん)も数十軒あったようです。当時は、大手見番と湖柳見番の2つの組合があり、私が所属している大手見番では、毎年踊りの会が開催され、お祭りがあれば手古舞をしていたようです。また、諏訪湖沿いは絹産業が盛んで、絹の商談の場としてもお座敷が使われていたようですね。
 上諏訪芸妓の伝統といえば、お正月に新しい衣装を下ろすことでしょうか。新年は新しい衣装で、揚屋さんにご挨拶に周り、「いまほど」という掛け声と共にご挨拶をしたと聞いております。

 お座敷では、お客様にご挨拶をさせていただきお酌をしてまわります。お食事がすすんでから、松風流の日本舞踊をご披露させていただきます。お時間があればお座敷遊びをしたりすることもあります。

 春は高島城の桜、夏は藤棚や花火大会が有名です。秋になれば山々が紅葉し、冬は諏訪湖が凍り運が良ければ御神渡りというものが見れます。何と言っても、諏訪の一番の見どころは御柱祭でしょう。7年に一度しか開催されませんが、日本三大奇祭と言われ、多くの観光客の方にも楽しんでいただいております。


 後編では、芸妓を目指したきっかけや芸妓の魅力、将来の夢などについてご紹介いたします。


※写真はすべてTADEAIが撮影。
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